車輪の下がベッドの下に落ちていたので、残りの30ページを読了する。
どうやら4月末日に暇つぶしのために買ったものらしい。こういう時にblogって便利。
結局彼は死んでしまうし、そのことに関して件のファンダメンタリストがコメントするのだけれど、これだけ効果的なセリフを彼がしゃべると言うことは、こいつはやっぱり叙情的な私小説と言うよりは当時の思想背景やら宗教観やらに乗っ取った哲学的な小説なんじゃないのかしら。知らんけど。
関係無いが僕、同じ死に方しそう。
そう言えば、こんな会話を思い出した。
「車輪の下ってどんな話?」
「主人公が馬車に轢かれて車輪の下で死ぬ話」
「ふーん」
信じてたのに。誰だこれ言った奴忘れた出てこい。
コメント (4)
中1くらいの時に読んで、ものすごく主人公に共感した記憶があるや。この種の苦悩が結局今の今まで強いられることになるなんてって感じ。別にたいした話じゃないのに名作なのはそこだと思う。必然的に一握りの人間しか本質は理解できない筈なのにね。
投稿者: ふー | 2005年06月03日 08:54
僕自身は大した共有感覚も持てなかったからあれなんだけれど、どちらかと言うと児童文学っぽい感触も得たなあ。説教臭い。高一ぐらいで読めば共感出来たな、多分。
逆に考えると僕はそう言った何かに対する締念を既に得ているぽい。何て言えばいいんだろう。末法臭い?
投稿者: negipo | 2005年06月03日 12:52
心を引き付ける夢と、期待に背こうとする現実が入り乱れるように交錯していて、眩しいほど。失望も希望も、両極的であればあるほど、一体となった魅力的な心地よさをもたらしてくれる。そこには優しい女神みたいな存在がいて、何事かをハンスに伝えようとぶつぶつ言っている。ハンスは彼女と真剣にお話したいが、どこにいるのか見当もつかない。そのうち、ハンスは死んでしまう。女神は、水に浮かぶハンスに、優しい詩を贈る。
村上春樹の小説の中で、主人公の少年が、古本屋の娘の家で[車輪の下]を見つけて読みふける場面を見つけて、もう一度読んでみたいと思った。
投稿者: 金本まさあき | 2007年07月19日 19:36
僕は既にこのエントリで語られている本を無くしてしまいました。
まあ、またどこかの古本屋で買う事になると思いますけれど。
投稿者: negipo | 2007年07月21日 19:54