僕は特に理由も無く、生まれて初めて一人でファミレスに入った。コーヒーは酷くまずく、冷房は効きすぎていて、ウェイトレスは象のように無神経だった。あるいはそれは、僕がただその一人でファミレスにいると言う状況に慣れていなかっただけかもしれない。その妙な感覚は、僕の現実的な認識能力に結構大きな影響を与えた。例えば、僕は水を飲むときに息を目一杯吸い込んでから飲み始めることに気づいた。それは水泳部に在籍していた時に得た水に対する本能的な癖のように思えた。また、パン屋再襲撃において彼らが食べる強奪されたビッグマックは、製造されてから30分以上経っている時点でその商品価値を失っており、彼らに対してかけられた呪いの本質は資本主義的には解けていないように感じられた。さらに、妙に値段の高いクラブハウスサンドを食べ終わった後、僕はある思考の流れと行動をして、そのことに奇妙な既視感を得ている自分を発見した。僕はその行動に関して、好きな女の子にメールでこう尋ねようとした。僕はこれこれこういう行動をしてしまったんだけど、これは君と一緒に居る時に見たドラマか何かに出て来なかったっけ。でもそれは完全に間違いだった。その行動は、先日その女の子自身が行っていたものだった。フィクションと現実の境目を判別出来ないことは、宿命的な認識能力の欠如であるように思えて、僕はすごく悲しくなった。