冷静に考えてみたら、ガストロンジャーを聞いても胸が痛まなくなったことに気がついた。僕にはガストロンジャーと言う曲には幾つかの思い出がある。中でも、失恋をしたあとに63回も連続でガストロンジャーを聞いたことが、一番酷い出来事だった。実に、63回だ。とにかく僕はその後続いた幾つかの不幸のお陰で、エレファントカシマシのガストロンジャーを聞くことを止めてしまった。しかし、先日僕のフォレスターの中でエレファントカシマシをシャッフルで聞いていた時に、ガストロンジャーが流れ、僕はその価値観に全く違和感を持たない自分を発見してしまった。僕は自分だけが馴染んでいなかったその世界に、紅茶に混ぜられたミルクみたいにすっかりと溶け込んでしまっていて、ガストロンジャー自身と僕を切り離すことは全く不可能になってしまった。そんな僕を見て、1年前の彼女は「馬鹿みたい」と言った。よくわからないな。何が馬鹿なんだ?だけど彼女は結局僕のそばからいなくなっていて、その言葉の意味を聞くことはとっくにできなくなってしまっていた。やれやれ。