今なら気の狂った文章がいくらでもかける気がするけれど、そんな時に限って書くのはES。
僕は基本的に決定論に生きる人間だ。就職活動をしている今も基本的にお金は労働の対価としてではなく空から降ってくるものと信じているし、女の子は歩いていれば自然に声をかけてくるものだと思う。どちらかと言うと苦労無く育てられたことで、このように単純な観念の中で生きていることを許されているのだが、現実がどうあれそう言った観念は僕のようなスポイルされた子供にとって言わば信仰のようなもので、不変かつ不可侵なのだ。そう言う村上春樹的なことを助手席の女の子に向かって話していたら、彼女は当然のごとく絶句した後、僕のことをなじりはじめた。
「だって、ねぎぽさん。それっておかしくないですか?現実、現状を把握しているならば、その信念のようなものには無視できない矛盾が生まれますよね。前に秋葉原でバイトしたことがあるって言ってたじゃないですか。あれは労働に対する対価的なものじゃないんですか?今日私をデートに誘っているのは私が為した何かの勘違いですか?」
「いや、現実との対応がどうと言う話じゃないんだ。僕はとにかくそう言う捉え方をするんだよ。銀行口座にお金が入ってきたら、それは空から降ってきたもの。隣で君が寝ていたら、君は自然に僕のベッドに入ってきてくれたもの。全ての幸せなことは自然に産まれたことにしておいた方が美しいじゃないか」
「なんか、そう言う決定論的な世界に生きていることはすごく悲劇的なことなように見えますよ。ねえ、例えば、状況が許せばねぎぽさんは人を殺しても、それは誰かによって仕組まれた幸せのタネみたいなものだと思っちゃうんですか?」
僕は声を出して笑った。「全然幸せじゃないでしょそれ」
「それは、そうですけれど」
「とにかく、そう言う方向性でものを考えると思うな。これは決まってたことだし、まあ、仕方ない、と。大して悩みすらしないかもしれない」
「なんだかチャップリンの映画みたいな話。なんでしたっけその映画」
「"殺人狂時代"でしょ。僕見たよ、昨日」
彼女は、へえ、と言って、自分の思索に入り込んだ。僕は彼女を眺めながら一時停止無視を繰り返していた。次の瞬間に右側から猛スピードで突っ込んできた前方不注意のトラックに車ごと潰されて二人とも死んだ。
コメント (3)
こんな車どう?安全基準☆0個。
http://www.anwb.nl/published/anwbcms/content/binaire-bestanden/mpg/auto/tests/crashtest-landwind-1-467150.wmv
投稿者: おとうと | 2006年03月19日 23:30
知ってる知ってる
中国のSUVでしょ。
投稿者: negipo | 2006年03月19日 23:33
ってかつっこむwwwww
negipoの狂ったエントリを無視して車の話をするおとうとが本当のおとうとならさすがnegipoのおとうとという感じだね.
投稿者: NZM | 2006年03月20日 01:14